『アトピー体質だから仕方がない』そう思いこんで諦めてきた私が
東洋医学と出会い、人生とカラダが一変したストーリー。
薬で症状を抑制する西洋医学の対処療法
全体を診てカラダの根っこを整える東洋医学の根本療法
両方体験したから語れる【自分の体質を知る】という重要性とは?
不調にフタをするごまかし人生よりも
カラダ(とココロの)根っこ改善で自然治癒力と免疫力をつけて
不調を手放した本当の自分で人生を送ってほしい
ふくなつめの根っこには、こんな想いがこめられています

幼少期→高校時代~思い込みの土台の形成~

物心がついた頃からアトピー体質だった私
人の体質や思考は、両親から受け継いだ体質や生活環境で
10歳頃までに土台が出来上がると言われています。
私の土台はどのように出来上がったのか?
人の体質や思考は、両親から受け継いだ体質や生活環境で
10歳頃までに土台が出来上がると言われています。
私の土台はどのように出来上がったのか?
掻く=怒られる=【自分はダメ人間】を形成
私は物心が気づいた頃から
ステロイド軟膏がお守りが当たり前という【薬に頼った人生】を送っていました
物心がついた頃から肘やヒザの内側をポリポリ・・・
母は出来うる対策を全てやってくれました
病院以外にも
高い漢方薬を煎じて飲ませてくれたり
近所の話でドクダミを摘んで
すりこぎで擦ってシップを作ったり
葉っぱを乾燥させてお茶を作ったり
母としては
嫁入り前の娘の肌がボロボロなのが
心苦しかったのでしょう
無意識に掻いている私は
母から『掻いちゃダメ!』とよく怒られていました
この怒られるというこの行為
のちにわかりましたが
【怒られる=アトピーの私=ダメな自分】の方程式を
自分の中で無意識に作り上げていたのです
恐るべし・・・無意識による勘違いの積み重ね
ステロイド軟膏がお守りが当たり前という【薬に頼った人生】を送っていました
物心がついた頃から肘やヒザの内側をポリポリ・・・
母は出来うる対策を全てやってくれました
病院以外にも
高い漢方薬を煎じて飲ませてくれたり
近所の話でドクダミを摘んで
すりこぎで擦ってシップを作ったり
葉っぱを乾燥させてお茶を作ったり
母としては
嫁入り前の娘の肌がボロボロなのが
心苦しかったのでしょう
無意識に掻いている私は
母から『掻いちゃダメ!』とよく怒られていました
この怒られるというこの行為
のちにわかりましたが
【怒られる=アトピーの私=ダメな自分】の方程式を
自分の中で無意識に作り上げていたのです
恐るべし・・・無意識による勘違いの積み重ね
アトピーよりも困っていた赤面症とおねしょ
この頃のアトピーは四肢(肘と膝)の関節が痒いくらいで
まだカワイイもんでした。
それよりも困っていたことがあります。
小学生低学年の写真を見ると
りんごほっぺ病ですか?というくらい
ほっぺが真っ赤っかな子供でした。
人前に立つと、極度に緊張してしまう
上がり症&赤面症でした。
おねしょもなかなか治らず
よく怒られていました。
東洋医学的に言うと
極度な緊張により氣血が上半身にあがり
顔が赤くなる症状
陰陽五行の木と火が過剰に反応しているお知らせです
おねしょの原因は不安の感情
東洋医学には七情といって
7つの感情が臓腑を弱らせるという考え方があります
恐れの感情は陰陽五行の水を弱らせます
水に属する腎と膀胱の臓腑が弱り
おしっこのコントロールできない症状が
おねしょというカタチで表れていました
ざっくりいうと
メンタルが不安定なお知らせです
今となっては腑落ちしてますが
当時は子供心なりに悩んでいました
悩みが不安となり、負のループにはまる・・・
この頃の体験がオトナになってからの
【人の目を過剰に気にする】の根っこの一因にもなっていきました
小2の時に発症した肺炎は
肺=金=悲しみの感情を、無意識に溜め込んでいたのかも?
恐るべし・・・カラダに影響を与える感情
まだカワイイもんでした。
それよりも困っていたことがあります。
小学生低学年の写真を見ると
りんごほっぺ病ですか?というくらい
ほっぺが真っ赤っかな子供でした。
人前に立つと、極度に緊張してしまう
上がり症&赤面症でした。
おねしょもなかなか治らず
よく怒られていました。
東洋医学的に言うと
極度な緊張により氣血が上半身にあがり
顔が赤くなる症状
陰陽五行の木と火が過剰に反応しているお知らせです
おねしょの原因は不安の感情
東洋医学には七情といって
7つの感情が臓腑を弱らせるという考え方があります
恐れの感情は陰陽五行の水を弱らせます
水に属する腎と膀胱の臓腑が弱り
おしっこのコントロールできない症状が
おねしょというカタチで表れていました
ざっくりいうと
メンタルが不安定なお知らせです
今となっては腑落ちしてますが
当時は子供心なりに悩んでいました
悩みが不安となり、負のループにはまる・・・
この頃の体験がオトナになってからの
【人の目を過剰に気にする】の根っこの一因にもなっていきました
小2の時に発症した肺炎は
肺=金=悲しみの感情を、無意識に溜め込んでいたのかも?
恐るべし・・・カラダに影響を与える感情
アトピーよりもさらに困っていた円形脱毛症
そんなことをしているうちに
小4になるタイミングで
仙台→埼玉へお引越しになりました。
これを機に定期的に発症したのは
なんと【円形脱毛症】
小4の時は10円玉くらいのハゲが
数か所あった程度でかわいいもんでした。
一番抜けたのが中学3年の頃
10円玉どころか
500円玉より大きいサイズのハゲが
頭の1/3を占拠
抗がん剤の副作用のように
シャンプーをすると
ごっそり髪の毛が抜ける毎日
当時は原因がわからず
とても自分が嫌いになりました
受験のストレスを感じるほど
勉強はしていなかったのですが笑
これもまた無意識の世界で
見えないストレスと戦っていたんですね
↑今となっては軽く他人事笑
中3から校則が変わり
髪の毛を伸ばしてOKになったのは
不幸中の幸いでした
当時は隠すことに必死だったので
結んでも見えてしまう頭皮は
マジックで黒く塗って
見えないようにごまかすという
荒業でなんとか乗り切りました
ちなみに髪の毛も
陰陽五行の水とリンクしています
恐れの感情がさらに弱らせるという
負のループにハマっていました
恐るべし・・・陰陽五行と無意識の感情
小4になるタイミングで
仙台→埼玉へお引越しになりました。
これを機に定期的に発症したのは
なんと【円形脱毛症】
小4の時は10円玉くらいのハゲが
数か所あった程度でかわいいもんでした。
一番抜けたのが中学3年の頃
10円玉どころか
500円玉より大きいサイズのハゲが
頭の1/3を占拠
抗がん剤の副作用のように
シャンプーをすると
ごっそり髪の毛が抜ける毎日
当時は原因がわからず
とても自分が嫌いになりました
受験のストレスを感じるほど
勉強はしていなかったのですが笑
これもまた無意識の世界で
見えないストレスと戦っていたんですね
↑今となっては軽く他人事笑
中3から校則が変わり
髪の毛を伸ばしてOKになったのは
不幸中の幸いでした
当時は隠すことに必死だったので
結んでも見えてしまう頭皮は
マジックで黒く塗って
見えないようにごまかすという
荒業でなんとか乗り切りました
ちなみに髪の毛も
陰陽五行の水とリンクしています
恐れの感情がさらに弱らせるという
負のループにハマっていました
恐るべし・・・陰陽五行と無意識の感情
安定のJK時代→暗黒時代へ突入~おとなアトピー発症~

髪の毛がにわとりみたいなお姉さんたちが
羽のセンスを振り回して踊っていたバブル時代
大学進学には全く興味がなく
早く就職して自立したいと思っていた私は商業高校へ進学
円形脱毛もようやく落ち着き
人生で一番安泰だったJK時代を過ごしました
バブル崩壊と共に迎えた就職氷河期の中で
無事に事務職の就職の内定をもらい
18歳で社会人デビュー
その後、社内異動を機に身体に人生最大の異変が起きました
羽のセンスを振り回して踊っていたバブル時代
大学進学には全く興味がなく
早く就職して自立したいと思っていた私は商業高校へ進学
円形脱毛もようやく落ち着き
人生で一番安泰だったJK時代を過ごしました
バブル崩壊と共に迎えた就職氷河期の中で
無事に事務職の就職の内定をもらい
18歳で社会人デビュー
その後、社内異動を機に身体に人生最大の異変が起きました
初の社内異動で突然悪化したアトピー

ビルメンテナンス会社に事務職として就職
まずは現場の仕事を覚えてこいということで
新宿のとあるホテルで清掃業務を行っていました
身体を動かすことは好きだったので
失敗しながらもそれなりに楽しみながら仕事をしてました
10カ月後
営業所の事務職に異動が決定
本来希望していた事務職になったのに・・・
これを機に突然アトピーが悪化!!
たまたま異動直前に職場で撮っていたこの写真が
人生で一番お肌がキレイだった時の写真となりました
この状態から突然首・顔・頭が大炎上となり
お化粧ができなくなりました
掻きむしった後の落屑(皮膚のカス)と血と滲出汁で
首から上の皮膚は突っ張ってしまい人相が激変
服は落屑で真っ白け
電車通勤中の周りの目線がとにかく辛かった・・・
みんな化け物を見るような目線(に感じていた)
成人式はスーツで出席
おばあちゃんへの報告用の写真は撮ったものの
写真は1回だけみて封印・・・
そんなカラダになっても仕事はクソがつくほど真面目で
昔から手を抜くことが苦手で責任感が強すぎる性格でした
欠員が出ていても1人で残業して決算期の書類をこなしていたら
体重が40キロを切るくらいのガリガリ体形に・・・
このクソ真面目さも
幼少期からの自己肯定感の低さからきていることも
頑張りすぎてバランスを崩すことも
全てアトピーの悪化の一因だったことは当時は知る由もなく・・・
この頃からは
今まで全くなかったそばと牛肉で食物アレルギーが出るようになりました。
当時の彼氏からの提案等もあり
3年目の夏でなくなく退職することに
上長に伝えた数日後・・・
大炎上していたアトピーの痒みがピタッと治まった!!
一番の原因は恐らく
【じっとしている事務職よりも、身体を動かす現場職が合っていた】
商業高校出身だったので事務の資格を活かそうと事務職に就きましたが
どうやら落ち着きのない性格だった私は、じっとしているとダメだったようです。
それに付随して
異動によって環境と仕事内容が変わり、自分の親世代の人たちと働き
事業所と本社の橋渡し役の立ち位置で、無意識にストレスを抱えていたようです
恐るべし・・・ストレス
まずは現場の仕事を覚えてこいということで
新宿のとあるホテルで清掃業務を行っていました
身体を動かすことは好きだったので
失敗しながらもそれなりに楽しみながら仕事をしてました
10カ月後
営業所の事務職に異動が決定
本来希望していた事務職になったのに・・・
これを機に突然アトピーが悪化!!
たまたま異動直前に職場で撮っていたこの写真が
人生で一番お肌がキレイだった時の写真となりました
この状態から突然首・顔・頭が大炎上となり
お化粧ができなくなりました
掻きむしった後の落屑(皮膚のカス)と血と滲出汁で
首から上の皮膚は突っ張ってしまい人相が激変
服は落屑で真っ白け
電車通勤中の周りの目線がとにかく辛かった・・・
みんな化け物を見るような目線(に感じていた)
成人式はスーツで出席
おばあちゃんへの報告用の写真は撮ったものの
写真は1回だけみて封印・・・
そんなカラダになっても仕事はクソがつくほど真面目で
昔から手を抜くことが苦手で責任感が強すぎる性格でした
欠員が出ていても1人で残業して決算期の書類をこなしていたら
体重が40キロを切るくらいのガリガリ体形に・・・
このクソ真面目さも
幼少期からの自己肯定感の低さからきていることも
頑張りすぎてバランスを崩すことも
全てアトピーの悪化の一因だったことは当時は知る由もなく・・・
この頃からは
今まで全くなかったそばと牛肉で食物アレルギーが出るようになりました。
当時の彼氏からの提案等もあり
3年目の夏でなくなく退職することに
上長に伝えた数日後・・・
大炎上していたアトピーの痒みがピタッと治まった!!
一番の原因は恐らく
【じっとしている事務職よりも、身体を動かす現場職が合っていた】
商業高校出身だったので事務の資格を活かそうと事務職に就きましたが
どうやら落ち着きのない性格だった私は、じっとしているとダメだったようです。
それに付随して
異動によって環境と仕事内容が変わり、自分の親世代の人たちと働き
事業所と本社の橋渡し役の立ち位置で、無意識にストレスを抱えていたようです
恐るべし・・・ストレス
アレルギー症状のデパート状態の20代

退職後は痒みは多少治まったけど大人アトピー症状は変わらず
その後、洋菓子販売店でバイトを始めました
人目を気にする性格は少しずつ緩和し楽しく仕事をしていました。
やはりカラダを動かし日々変化のある接客業のほうが合っていたようです
シフト勤務の昼夜逆転生活となり
生活サイクルの変化等により再び大人アトピーは悪化
このころから【私=アトピー】がさらに定着していました
相変わらず仕事だけはクソが付くほど真面目な人で
トントン拍子で店長就任
この頃出始めたアトピーの新薬【プロトピック】という免疫抑制剤
試してみたものの、副作用の熱感とチクチクに堪えられずに断念・・・
アンデベードとロコイドのチューブがすっかりお守り代わりに。
そして家の近い酒好きの先輩からお声がかかるようになってから
断れずに酒に付き合う日が増え、徐々に情緒不安定に・・・。
ココロとカラダがついていけなくなり退職。
同時期に父が長年勤めた会社を早期退職し、自営業を始めました。
転職のストレスからか深酒のトラブルが急増。
酔いつぶれる→暴れて翌日記憶をなくすの行動が増え、家族で頭を抱える状態に。
この2つの出来事を機に私の中では
【お酒=人をダメにする飲み物=父=】という
(無意識の思い込み)が出来上がりました。
当時付き合っていた彼を今後どうしましょという頃に
彼の実家を二世帯住宅に建て替える話しが急浮上
この流れに流されるかのように、そして実家から逃げるかのように
同棲→結婚→義両親との同居生活がスタート。
この頃からさらに花粉症も発症。
耳鼻科で受けたアレルギー反応がわかるIgE抗体検査で
枠を振り切る20000越えの数値が出て先生もドン引き
(正常値のMAXは138)
この結果により【私=アレルギー体質】に確定ランプ点灯
アレルギーの総合商社状態のカラダになっていました
(と思い込んでました)
20代から発症したおとなアトピーの傷跡は
首の黒ずみやおでこのシワの深さとして今も色濃く残り
すっかりステロイドと抗ヒスタミン剤に染まった人生・・・。
見苦しいお写真ですみません。
ご覧のようにハタチから大爆発した首から上は
掻きまくって皮膚が硬くなり、黒ずんております・・・
首の黒ずみは瘀血(老廃物や汚れた血の滞り)
首回りが痒くなるお知らせは
『気の滞り』と『言いたいことが言えない時』
ココロとカラダがリンクしているとわかるいい事例
黒ずみはかっさで少しずつ薄くなってきました
長年の蓄積はコツコツ解消ですね
恐るべし・・・ココロとカラダ
その後、洋菓子販売店でバイトを始めました
人目を気にする性格は少しずつ緩和し楽しく仕事をしていました。
やはりカラダを動かし日々変化のある接客業のほうが合っていたようです
シフト勤務の昼夜逆転生活となり
生活サイクルの変化等により再び大人アトピーは悪化
このころから【私=アトピー】がさらに定着していました
相変わらず仕事だけはクソが付くほど真面目な人で
トントン拍子で店長就任
この頃出始めたアトピーの新薬【プロトピック】という免疫抑制剤
試してみたものの、副作用の熱感とチクチクに堪えられずに断念・・・
アンデベードとロコイドのチューブがすっかりお守り代わりに。
そして家の近い酒好きの先輩からお声がかかるようになってから
断れずに酒に付き合う日が増え、徐々に情緒不安定に・・・。
ココロとカラダがついていけなくなり退職。
同時期に父が長年勤めた会社を早期退職し、自営業を始めました。
転職のストレスからか深酒のトラブルが急増。
酔いつぶれる→暴れて翌日記憶をなくすの行動が増え、家族で頭を抱える状態に。
この2つの出来事を機に私の中では
【お酒=人をダメにする飲み物=父=】という
(無意識の思い込み)が出来上がりました。
当時付き合っていた彼を今後どうしましょという頃に
彼の実家を二世帯住宅に建て替える話しが急浮上
この流れに流されるかのように、そして実家から逃げるかのように
同棲→結婚→義両親との同居生活がスタート。
この頃からさらに花粉症も発症。
耳鼻科で受けたアレルギー反応がわかるIgE抗体検査で
枠を振り切る20000越えの数値が出て先生もドン引き
(正常値のMAXは138)
この結果により【私=アレルギー体質】に確定ランプ点灯
アレルギーの総合商社状態のカラダになっていました
(と思い込んでました)
20代から発症したおとなアトピーの傷跡は
首の黒ずみやおでこのシワの深さとして今も色濃く残り
すっかりステロイドと抗ヒスタミン剤に染まった人生・・・。
見苦しいお写真ですみません。
ご覧のようにハタチから大爆発した首から上は
掻きまくって皮膚が硬くなり、黒ずんております・・・
首の黒ずみは瘀血(老廃物や汚れた血の滞り)
首回りが痒くなるお知らせは
『気の滞り』と『言いたいことが言えない時』
ココロとカラダがリンクしているとわかるいい事例
黒ずみはかっさで少しずつ薄くなってきました
長年の蓄積はコツコツ解消ですね
恐るべし・・・ココロとカラダ
離婚→震災→就職→再婚 怒涛の30代
結婚を機に近所にオープンした飲食店でパートをしながら始まった
相方と義両親との完全同居生活。
義両親は義理の娘ができた!と、とても可愛がってくれました。
ですが、相方さんは職場が遠く忙しい人だったため
5時半に出勤→夜遅くに帰宅の毎日。
ほぼ義両親と嫁の3人生活・・・
あれ?私、義両親と結婚したんだっけ?と思うくらい笑
義父も相方さんも本家の長男だったため
よく親戚が集まっては酒盛りが開催される家でした。
お隣もご親戚。ある意味完全アウェイ状態。
自分の親戚付き合いに慣れていない私にとってはなかなか過酷なハードル。
(親戚が近くにいない、仏壇もお墓もない家だった)
跡取りまだかー?の合言葉が少しずつ重荷となり
期待に応えたい自分と、答えられない現実とのギャップで
精神的に参り始めました・・・
私の欠点は
本音を言えず溜め込んでしまうことと、NOが言えず我慢してやってのけてしまうこと。
助けてが言えない性格でした。きっと幼少期からの思考のクセなんでしょうね。
溜め込んだものが雪崩を起こし、呼吸困難や謎の高熱などの症状で
カラダも白旗を上げ始め・・・2年で離婚することになってしまいました。
状況に流されて結婚を決めてしまった自分にも落ち度はありました。
祝福してくれた皆さん、ごめんなさい。あぁ、人生死ぬまで修行。
パート勤めの飲食店でフル勤務させてもらい
武蔵浦和に引っ越し、リスタート。
生活するためにだけに昼夜働いていた2011年3月、東日本大震災が発生。
飲食店はただでさえ経費にシビアなのに、計画停電でさらにシフトが削られるようになり、
給料が激減・・・。これでいいのか?不安に襲われまくります。
一生独身だったとしたら正社員で定年まで働かないと!と思い
年齢的にも再就職するのがラストチャンスなんですーと店長に退職相談。
穴埋めの後任育成しながら34歳で就職活動を経て、転職。
そんな覚悟で転職したのですが
その後、友人の紹介で知り合った人とご縁があり36歳でまさかの再婚。
足立区で整骨院のヨメとなりました。
想定外の自営業のヨメに戸惑いながらも、手探り状態で仕事をお手伝い。
相方は分家の長男だっだので、またまた墓守り役のヨメに。
敷地内には相方の実家と義姉家族。あれ?数年前にも体感したぞ、この風景笑
『あぁ、私はきっと墓守サポート役なんだ』と確信しました
(どうやら本当にそんな星を持っているらしいです笑)
初めは夫婦でやる気満々でした。
受付の手伝いや事務作業を手伝い、四六時中一緒にいたため
少しずつケンカが増えるように・・・。
私は環境の変化に順応に対応できるタイプではないため
引っ越しや環境が変わるたびにアトピー悪化と緩和のリピート。
そして年齢的にもタイムリミットが迫る妊活の焦りで喧嘩も増えて
本音を言えず委縮する日々となり、またしても心身不安定になっていた38歳の春。
ちなみに女性の生命力の最大ピーク年齢は28歳、そこから7の倍数で下降・・・。
恐るべし・・・年齢の壁
相方と義両親との完全同居生活。
義両親は義理の娘ができた!と、とても可愛がってくれました。
ですが、相方さんは職場が遠く忙しい人だったため
5時半に出勤→夜遅くに帰宅の毎日。
ほぼ義両親と嫁の3人生活・・・
あれ?私、義両親と結婚したんだっけ?と思うくらい笑
義父も相方さんも本家の長男だったため
よく親戚が集まっては酒盛りが開催される家でした。
お隣もご親戚。ある意味完全アウェイ状態。
自分の親戚付き合いに慣れていない私にとってはなかなか過酷なハードル。
(親戚が近くにいない、仏壇もお墓もない家だった)
跡取りまだかー?の合言葉が少しずつ重荷となり
期待に応えたい自分と、答えられない現実とのギャップで
精神的に参り始めました・・・
私の欠点は
本音を言えず溜め込んでしまうことと、NOが言えず我慢してやってのけてしまうこと。
助けてが言えない性格でした。きっと幼少期からの思考のクセなんでしょうね。
溜め込んだものが雪崩を起こし、呼吸困難や謎の高熱などの症状で
カラダも白旗を上げ始め・・・2年で離婚することになってしまいました。
状況に流されて結婚を決めてしまった自分にも落ち度はありました。
祝福してくれた皆さん、ごめんなさい。あぁ、人生死ぬまで修行。
パート勤めの飲食店でフル勤務させてもらい
武蔵浦和に引っ越し、リスタート。
生活するためにだけに昼夜働いていた2011年3月、東日本大震災が発生。
飲食店はただでさえ経費にシビアなのに、計画停電でさらにシフトが削られるようになり、
給料が激減・・・。これでいいのか?不安に襲われまくります。
一生独身だったとしたら正社員で定年まで働かないと!と思い
年齢的にも再就職するのがラストチャンスなんですーと店長に退職相談。
穴埋めの後任育成しながら34歳で就職活動を経て、転職。
そんな覚悟で転職したのですが
その後、友人の紹介で知り合った人とご縁があり36歳でまさかの再婚。
足立区で整骨院のヨメとなりました。
想定外の自営業のヨメに戸惑いながらも、手探り状態で仕事をお手伝い。
相方は分家の長男だっだので、またまた墓守り役のヨメに。
敷地内には相方の実家と義姉家族。あれ?数年前にも体感したぞ、この風景笑
『あぁ、私はきっと墓守サポート役なんだ』と確信しました
(どうやら本当にそんな星を持っているらしいです笑)
初めは夫婦でやる気満々でした。
受付の手伝いや事務作業を手伝い、四六時中一緒にいたため
少しずつケンカが増えるように・・・。
私は環境の変化に順応に対応できるタイプではないため
引っ越しや環境が変わるたびにアトピー悪化と緩和のリピート。
そして年齢的にもタイムリミットが迫る妊活の焦りで喧嘩も増えて
本音を言えず委縮する日々となり、またしても心身不安定になっていた38歳の春。
ちなみに女性の生命力の最大ピーク年齢は28歳、そこから7の倍数で下降・・・。
恐るべし・・・年齢の壁
東洋医学で自分を知る+根っこを整える=カラダが変わり始めた

東洋医学との出会いで
陰陽五行バランスで見た自分を知り驚愕
薬で症状にフタを対処療法ではなく
体内の毒を出して土台を改善する根本療法と聞いて
『そんな方法があったのかーーー』と衝撃を受ける
根っこ改善という方法に、一筋の光を感じたのです
カラダとココロに少しずつ変化が生まれ始めました
人の目を気にして生きてきた私が
初めて自分の意志で決めた【セラピストへの道】
今まで向き合えなかった自分自身とのぶつかり稽古で
得たものとは?
陰陽五行バランスで見た自分を知り驚愕
薬で症状にフタを対処療法ではなく
体内の毒を出して土台を改善する根本療法と聞いて
『そんな方法があったのかーーー』と衝撃を受ける
根っこ改善という方法に、一筋の光を感じたのです
カラダとココロに少しずつ変化が生まれ始めました
人の目を気にして生きてきた私が
初めて自分の意志で決めた【セラピストへの道】
今まで向き合えなかった自分自身とのぶつかり稽古で
得たものとは?
皮膚と腸内環境のつながりを知った38歳
『腸内環境を整えれば変わるよ』
私の人生を変えた経絡師匠との出会いはこのセリフから始まりました。
アトピーは皮膚なのに腸内環境?便秘でもないのになぜ???
その理由を知りたくて、図書館で腸内環境と東洋医学の本を借りまくりました。
そして、言われたことはすぐやる素直なタイプ(別名:すぐやる課係長)
勧められたTGGヨーグルト(豆乳玄米ヨーグルト)をせっせと仕込み毎日もぐもぐ。
腸が第二の脳だっていうことは分かった!
けど、東洋医学の本を読んでも漢字だらけでさっぱりわからない!!
独学では限界を感じて、品川の漢方スクールに通学することにしました!!!
東洋思想では【ココロとカラダはつながっている】という捉え方をします。
この心身一如(しんしんいちにょ)が私に大きな衝撃を与えました。
陰陽五行の勉強を重ねるにつれて、
ようやく皮膚と腸が繋がっていることがわかり始めました。
①陰陽五行の金に属する肺と大腸は、皮膚や呼吸器系をコントロールすること
②皮膚は排泄器官、アトピーは体内に溜まっている毒がやむなく皮膚から排毒された症状
③腸は第二の脳、腸内環境が思考の低下にもつながる=モヤモヤ感情の渋滞はココロの便秘
~ワタシの陰陽五行バランス~
木(自律神経)の影響で、土(胃腸と消化吸収)が低下。
土を弱らせる要素もてんこもりでなおさら弱る
↓
土と親子関係の金も弱る(肺・大腸・皮膚・気管支・悲しみ)
土と師弟関係の腎も弱る(腎臓・膀胱・副腎・髪・おねしょ・恐れ)
↓
アトピーやアレルギー、気管支炎の症状が出る
↓
さらにココロも弱れば火も弱り、心身不安定で五行コンプリート!
こんな理由だったようです。
恐るべし、東洋医学・・・
私の人生を変えた経絡師匠との出会いはこのセリフから始まりました。
アトピーは皮膚なのに腸内環境?便秘でもないのになぜ???
その理由を知りたくて、図書館で腸内環境と東洋医学の本を借りまくりました。
そして、言われたことはすぐやる素直なタイプ(別名:すぐやる課係長)
勧められたTGGヨーグルト(豆乳玄米ヨーグルト)をせっせと仕込み毎日もぐもぐ。
腸が第二の脳だっていうことは分かった!
けど、東洋医学の本を読んでも漢字だらけでさっぱりわからない!!
独学では限界を感じて、品川の漢方スクールに通学することにしました!!!
東洋思想では【ココロとカラダはつながっている】という捉え方をします。
この心身一如(しんしんいちにょ)が私に大きな衝撃を与えました。
陰陽五行の勉強を重ねるにつれて、
ようやく皮膚と腸が繋がっていることがわかり始めました。
①陰陽五行の金に属する肺と大腸は、皮膚や呼吸器系をコントロールすること
②皮膚は排泄器官、アトピーは体内に溜まっている毒がやむなく皮膚から排毒された症状
③腸は第二の脳、腸内環境が思考の低下にもつながる=モヤモヤ感情の渋滞はココロの便秘
~ワタシの陰陽五行バランス~
木(自律神経)の影響で、土(胃腸と消化吸収)が低下。
土を弱らせる要素もてんこもりでなおさら弱る
↓
土と親子関係の金も弱る(肺・大腸・皮膚・気管支・悲しみ)
土と師弟関係の腎も弱る(腎臓・膀胱・副腎・髪・おねしょ・恐れ)
↓
アトピーやアレルギー、気管支炎の症状が出る
↓
さらにココロも弱れば火も弱り、心身不安定で五行コンプリート!
こんな理由だったようです。
恐るべし、東洋医学・・・
よかれと思ってやっていたことが、実は間違いだらけだった
自分の体質を分析すると
私は湿熱がこもりやすく、氣血水は足りないうえに渋滞するタイプの体質でした。
体内の熱をクールダウンさせる必要があるにも関わらず
私は真逆のことにハマっていました。
それは【岩 盤 浴】
『汗をかくって皮膚にいいんじゃないの?』と思いますよね?
汗はエネルギーを消耗するデトックスのため
気虚(気の不足)体質という私にとっては
熱をこもらせて汗をかくサウナや岩盤浴はダブルでNGだったのです。
ショックでした・・・
どんだけ世間の話しを鵜呑みにしていたんだろう・・・
世の中のイイには必ず合う合わないがあり見極めが必要
東洋医学のおかげでそれに気づけました。
漢方スクールに通っている時に人体実験で処方してもらっていた漢方薬は
見事に清熱(クールダウン)しながら解毒する作用のある生薬ばかり。
食べ物や飲み物には熱・温・平・涼・寒という5つの性質(五性)があります。
私、クールダウンが必要なのに、温める作用のある紅茶をガンガン飲んでました。
しかも、砂糖たっぷりの某メーカーのレモンティーを・・・。
砂糖は湿熱を生みます、ネバネバドロドロにする原材料です。
全てアトピーを悪化させることばかりやっていたんだ・・・と衝撃を受けました。
この重要性を学びました。
【自分の体質を知る】
【自分の体質に合った性質の飲食物を食べて、カラダの中から養生する】
【白黒はっきりよりも、どっちでもいい・ちょうどいいの中庸が生きやすい】
この3つ、本当に大切なんだなと痛感したのです。
この経験が今のふくなつめが行っている
【事前体質チェック】や【オンライン体質診断】の根っこになっています。
だからなんと言われようと体質診断はしっかり行います。
自分の体質を知って受け入れる、ダイジ、ゼッタイ!
自分が自分を受け入れたら、世界が変わります。
安心して下さい、ショックなのは最初だけです笑
すでに体験済みの私が伴走しますよ。
恐るべし・・・東洋医学の体質診断
私は湿熱がこもりやすく、氣血水は足りないうえに渋滞するタイプの体質でした。
体内の熱をクールダウンさせる必要があるにも関わらず
私は真逆のことにハマっていました。
それは【岩 盤 浴】
『汗をかくって皮膚にいいんじゃないの?』と思いますよね?
汗はエネルギーを消耗するデトックスのため
気虚(気の不足)体質という私にとっては
熱をこもらせて汗をかくサウナや岩盤浴はダブルでNGだったのです。
ショックでした・・・
どんだけ世間の話しを鵜呑みにしていたんだろう・・・
世の中のイイには必ず合う合わないがあり見極めが必要
東洋医学のおかげでそれに気づけました。
漢方スクールに通っている時に人体実験で処方してもらっていた漢方薬は
見事に清熱(クールダウン)しながら解毒する作用のある生薬ばかり。
食べ物や飲み物には熱・温・平・涼・寒という5つの性質(五性)があります。
私、クールダウンが必要なのに、温める作用のある紅茶をガンガン飲んでました。
しかも、砂糖たっぷりの某メーカーのレモンティーを・・・。
砂糖は湿熱を生みます、ネバネバドロドロにする原材料です。
全てアトピーを悪化させることばかりやっていたんだ・・・と衝撃を受けました。
この重要性を学びました。
【自分の体質を知る】
【自分の体質に合った性質の飲食物を食べて、カラダの中から養生する】
【白黒はっきりよりも、どっちでもいい・ちょうどいいの中庸が生きやすい】
この3つ、本当に大切なんだなと痛感したのです。
この経験が今のふくなつめが行っている
【事前体質チェック】や【オンライン体質診断】の根っこになっています。
だからなんと言われようと体質診断はしっかり行います。
自分の体質を知って受け入れる、ダイジ、ゼッタイ!
自分が自分を受け入れたら、世界が変わります。
安心して下さい、ショックなのは最初だけです笑
すでに体験済みの私が伴走しますよ。
恐るべし・・・東洋医学の体質診断
自分を知り受け入れる+無意識を意識=生きやすくなった!

目からウロコな出来事のオンパレードで
すっかり東洋医学の世界にハマり、猛勉強を始めた私。
近所のホームセンターで早朝品出しバイトをしながら
休日返上で様々な学びに足を突っ込み始めました(やりだしたら止まらない性格)
経絡師匠から教わった足ツボから始まり、
推拿、経絡、かっさ、ベトナム式顔ツボディエンチャンなどの手技を習得。
独身時代の貯金を崩してここまで自己投資したのは、
20代の頃にテレビも見られるデスクトップパソコン(23万)の購入以来笑
猛勉強する私を見て
『YOUはいったい何を目指しているの?』と呆れだす相方は
柔道整復師として整骨院を運営する苦労も味わっているだけに、
この学問を仕事にしたいと言った時は反対していました。
それでも自分の患者さんに
『うちの奥さん、こんな勉強始めた』と声がけをしてくれて
施術モデルさんになってくれた患者さんや友人知人の力添えで
少しずつスキルアップできました。
東洋医学の勉強はストレスではありませんでした。
むしろ知らない世界が広がっていく感覚で楽しかったんです♪
そしてカラダにも変化が出始めました。
自分のカラダを知り、自分に合った養生法や施術を重ねるうちに
ステロイドを塗らなくてもだんだんアトピーが治まってきたのです。
最後に皮膚科に行ったのは2018年の春。
ほうれん草をしぼったら
猛烈に手がかゆくなり水ぶくれを発症。
最後に検査してから10年経ってるしねと
興味本位で血液検査をしてもらった時のこと。
10年前のlgE値20000台に比べたら
11384という数値は全然マシになったなーでしたが
先生は『これはひどい!』とビックリ。
花粉の項目は相変わらずグラフを振り切る数値でした。
ところが、この年は花粉症はもう治まっていたんです。
春先はマスクなしでも生活できていてたまに目が痒いくらい。
では、この数値ってなんだったんだろうと思い始めました。
個人的には『数値による思い込みが氣を弱らせていた』と思いました。
【病は氣から】ですからね、気が病むと病気になります。
軽い気持ちで熱を計って、38度超えと知ったら急に熱っぽくなりませんか?笑
数値はあくまでも数値。
自分の免疫力が頑張っているその現実を優先しようと思いました。
この時は
『たまたま免疫力が低下して、ほうれん草に反応したんだなー』で解決。
症状が緩和したら、ずっと手放せなかったステロイドを捨てました。
保水保湿ケアして、痒い時は掻いて毒出しですぐに緩和するようになったのです。
そして、ハタチ頃からアレルギーが出てNG食材になっていた
そばと牛肉は、国産だったら食べられるようになりました!
質と食べ方を工夫すればOKなカラダまで回復しました。
様々な勉強を重ねるうちに食の質の知識も増え、
食品添加物や加工品を避ける食事を意識するようになったことも
功を奏したようです。
【季節の変わり目に悪化しやすくなるのは、前シーズンの毒出し】
【秋になると金が乾燥で弱りやすくなるから、潤い効果のある食材を摂ろう】などと
悪化する理由がわかっているだけで、掻いてしまう自分を責めなくなったこと
これが30年以上ステロイド漬けで副腎が弱りまくっていた私の人生にとって
大きな大きな一歩となりました。
【自分を知って受け入れる】【無意識を意識する】
これってカンタンなようで一番難しいことかもしれません。
ただ、一人では難しくても
誰かが一緒なら乗り越えられると私は信じています。
自転車を乗る練習をする時、乗り始めは支えてくれる人が必要です。
乗る練習をするのがお客様、支えるのがふくなつめです。
自転車を知り、乗るコツを覚えて、自転車を加速する方法をカラダで覚えます。
そのうち自転車は安定し、一人で乗れるようになります。
1人で乗れるようになった=自然治癒力
もしも、自転車が倒れそうになった時はまたふくなつめが支えます。
そんなアテンド役になりたいと思って、私はふくなつめを始めました。
薬も完全否定せず、辛い時は使う。
治まったら根っこ改善して薬から卒業する。
薬に依存せず、使い方と使う時期を上手にコントロール。
これが必要ではないかと私は思っています。
今までの自分は自分が嫌いで仕方ありませんでした。
アトピーのせいだと思って思考も発言もネガティブ祭りでした。
アトピーになったからこそ東洋医学との出会いに繋がり
自分を責めて苦しんでいる人に手を差し伸べて
一緒に幸せになりたいと思ってふくなつめを立ち上げました。
そう思ったら
少しずつ自分を受け入れられるようになりました。
いつも頑張っている自分の辛さは痛みを、当たり前にしてほしくない。
自分に目をむけることに意識して、受け入れて、自分を癒してほしい。
これがふくなつめの想いです。
~ふくなつめの3つの使命~
【根っこを整えてワクワク人生二毛作】
【ココロとカラダの免疫力UP&フカフカ思考】
【薬いらずのシニアライフでピンピンコロリ人生を】
すっかり東洋医学の世界にハマり、猛勉強を始めた私。
近所のホームセンターで早朝品出しバイトをしながら
休日返上で様々な学びに足を突っ込み始めました(やりだしたら止まらない性格)
経絡師匠から教わった足ツボから始まり、
推拿、経絡、かっさ、ベトナム式顔ツボディエンチャンなどの手技を習得。
独身時代の貯金を崩してここまで自己投資したのは、
20代の頃にテレビも見られるデスクトップパソコン(23万)の購入以来笑
猛勉強する私を見て
『YOUはいったい何を目指しているの?』と呆れだす相方は
柔道整復師として整骨院を運営する苦労も味わっているだけに、
この学問を仕事にしたいと言った時は反対していました。
それでも自分の患者さんに
『うちの奥さん、こんな勉強始めた』と声がけをしてくれて
施術モデルさんになってくれた患者さんや友人知人の力添えで
少しずつスキルアップできました。
東洋医学の勉強はストレスではありませんでした。
むしろ知らない世界が広がっていく感覚で楽しかったんです♪
そしてカラダにも変化が出始めました。
自分のカラダを知り、自分に合った養生法や施術を重ねるうちに
ステロイドを塗らなくてもだんだんアトピーが治まってきたのです。
最後に皮膚科に行ったのは2018年の春。
ほうれん草をしぼったら
猛烈に手がかゆくなり水ぶくれを発症。
最後に検査してから10年経ってるしねと
興味本位で血液検査をしてもらった時のこと。
10年前のlgE値20000台に比べたら
11384という数値は全然マシになったなーでしたが
先生は『これはひどい!』とビックリ。
花粉の項目は相変わらずグラフを振り切る数値でした。
ところが、この年は花粉症はもう治まっていたんです。
春先はマスクなしでも生活できていてたまに目が痒いくらい。
では、この数値ってなんだったんだろうと思い始めました。
個人的には『数値による思い込みが氣を弱らせていた』と思いました。
【病は氣から】ですからね、気が病むと病気になります。
軽い気持ちで熱を計って、38度超えと知ったら急に熱っぽくなりませんか?笑
数値はあくまでも数値。
自分の免疫力が頑張っているその現実を優先しようと思いました。
この時は
『たまたま免疫力が低下して、ほうれん草に反応したんだなー』で解決。
症状が緩和したら、ずっと手放せなかったステロイドを捨てました。
保水保湿ケアして、痒い時は掻いて毒出しですぐに緩和するようになったのです。
そして、ハタチ頃からアレルギーが出てNG食材になっていた
そばと牛肉は、国産だったら食べられるようになりました!
質と食べ方を工夫すればOKなカラダまで回復しました。
様々な勉強を重ねるうちに食の質の知識も増え、
食品添加物や加工品を避ける食事を意識するようになったことも
功を奏したようです。
【季節の変わり目に悪化しやすくなるのは、前シーズンの毒出し】
【秋になると金が乾燥で弱りやすくなるから、潤い効果のある食材を摂ろう】などと
悪化する理由がわかっているだけで、掻いてしまう自分を責めなくなったこと
これが30年以上ステロイド漬けで副腎が弱りまくっていた私の人生にとって
大きな大きな一歩となりました。
【自分を知って受け入れる】【無意識を意識する】
これってカンタンなようで一番難しいことかもしれません。
ただ、一人では難しくても
誰かが一緒なら乗り越えられると私は信じています。
自転車を乗る練習をする時、乗り始めは支えてくれる人が必要です。
乗る練習をするのがお客様、支えるのがふくなつめです。
自転車を知り、乗るコツを覚えて、自転車を加速する方法をカラダで覚えます。
そのうち自転車は安定し、一人で乗れるようになります。
1人で乗れるようになった=自然治癒力
もしも、自転車が倒れそうになった時はまたふくなつめが支えます。
そんなアテンド役になりたいと思って、私はふくなつめを始めました。
薬も完全否定せず、辛い時は使う。
治まったら根っこ改善して薬から卒業する。
薬に依存せず、使い方と使う時期を上手にコントロール。
これが必要ではないかと私は思っています。
今までの自分は自分が嫌いで仕方ありませんでした。
アトピーのせいだと思って思考も発言もネガティブ祭りでした。
アトピーになったからこそ東洋医学との出会いに繋がり
自分を責めて苦しんでいる人に手を差し伸べて
一緒に幸せになりたいと思ってふくなつめを立ち上げました。
そう思ったら
少しずつ自分を受け入れられるようになりました。
いつも頑張っている自分の辛さは痛みを、当たり前にしてほしくない。
自分に目をむけることに意識して、受け入れて、自分を癒してほしい。
これがふくなつめの想いです。
~ふくなつめの3つの使命~
【根っこを整えてワクワク人生二毛作】
【ココロとカラダの免疫力UP&フカフカ思考】
【薬いらずのシニアライフでピンピンコロリ人生を】